カテゴリ:映画DVD・芝居( 14 )

 日曜日は、ドキュ研メンバーのMさんと渋谷のシアターイメージフォーラムで待ち合わせして、『紫』を観てきた。日曜日の11時からの上映にしては客の入りは少なめだったけど、吉岡さんファンのおばさまたちや美術か染色を専攻していると思われる学生たちの姿もあった。

 吉岡幸雄。染色の本などを求めて本屋をさがしていると必ず目につく名前である。しかし、実際に彼の映像を見たのは今回が初めてだった。夏あたりにBSの「エコの作法」という番組には娘さんが出演されていて、ご本人はお出にならなかった。

 彼の信条は、染色のいにしえの知恵を尊び、天然の植物を用いて染色をするということ。そして、映画の中の「何色が好きか」との問いに、彼は染色するのに難しく、妖艶な色でもある「紫」と答える。

 染色の様子を映像で見られること自体、貴重な機会かもしれない。染色の手順すべてをみることは出来ないが、彼が原料である植物にもこだわり、実際に職人が布を染める様子は見ることができる。

 植物から染めた布というとなんとなく、くすんだ茶色・緑・くすんだ赤などの色を想像するかもしれないが、彼が染める絹の糸や布の色はとても鮮やかで、美しい。染色に興味がある方にはおすすめの映画だ。
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 今月1本目のドキュメンタリー映画は、『よみがえりのレシピ』

 秋田が故郷の私にとって、隣の県である山形が、在来作物を守る取り組みをしているのが、なんともうらやましく思った。秋田県民は、新しいもの好きで、古いものにあまり価値を見いださないような気がするから。違うかなぁ?秋田出身者が、この映画観たらどう思うべなぁ?

 私自身にしても、パーマカルチャーなどで農作物のことを考えるようになるまで、自家採種の黒豆の枝豆が嫌だった。父が種を買わないで毎年種採りした黒豆を植えていたので、貧乏くさいなぁーって思っていたから。

 でも、以前埼玉県小川町で、大豆を植えて収穫して食べる取り組みに参加した際に、地大豆の存在を知り、その地域に伝わる固有の種の存在の大切さに気づいた。

 思えば、父が植えていた黒豆の枝豆は、さやがたくさんの産毛のような毛で覆われていて、一般的に目にする枝豆のさやと違っていた。「なんて毛深いさやの枝豆なんだろう」と思った記憶がある。父が亡くなった今、あの種はたぶん絶えてしまったのだろう。母に確認してみるけどね。

 映画の中では、在来作物を守ってきた農家の人々が、その作物のことを語る時の生き生きした表情がいい。そして、山形大学の江頭先生やアル・ケッチァーノの奥田シェフが、在来作物を育てはぐくんできた農家の人々に寄り添い、共に在来作物を守っていこうとする歩みを応援したくなる映画だった。
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 この映画を見たことを母に電話で話して、父が植えていた黒豆のことを話したら「まだあるよ」との答え。種は守られていました。この黒豆の枝豆が好きな父と従兄弟のおじさんはこの枝豆を毎年たのしみにしているとのことでした。自家採種って、大事なんだね。
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 映画ももちろんだけど、上映後の鎌仲監督のお話を直接聴けたのがとても良かった。

 この映画は、311後の被ばくの情報が混乱している今、わかっていることとわからないことの交通整理のために作ったそうだ。内部被ばくのリテラシーでもあると。

 広島・長崎に原爆投下された国で、未だ20万人もいるヒバクシャを認めない国が、311後のヒバクについても認めるだろうか・・・

 呼吸や汚染された水・食品を通じて引き起こされる、内部被ばく。非定型性症候群とよばれ、はじめのうちは検査をしても原因が特定できない。広島で被爆した人は、ぶらぶら病と呼ばれた。証拠を残さず、遺伝子レベルでダメージを与えてしまうもののようだ。

 映画の中には、被ばくに関わる医療活動をしてきた4人の医師、二本松で生き続けることを決めた家族が登場する。311後をどう生き抜けばいいのか、ヒントがもらえる映画でもある。

 上映会に参加することで、八王子市民放射能測定室、自然エネルギーを考える講座を企画している団体などを知れたことも、今回の大きな収穫だった。

 まだ観てない方は、鎌仲監督のトークも聴ける上映会に、ぜひ足を運んでみては!!

内部被ばくを生き抜く
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 先月4月のドキュメンタリー(映画)研究会の鑑賞映画は、『キング・コーン〜世界を作る魔法の一粒〜』。予告を映画館で見た時から、とても気になっていた映画だった。

 4月25日、渋谷のシアター・イメージフォーラムにて、公開初日にメンバーと鑑賞した。

 スクリーンに映されるアイオアの大規模農法で育てられたコーンを見てると、農作物というより、工業製品のような印象を持った。種を蒔くのも、化学肥料を散布するのも、収穫も、すべて機械による農法。

 日本の小規模の畑で、種や土に真摯に向き合いながら丁寧に作物を育てている農法とはまったく対照的であった。大規模農法だと、1つ1つの作物に生長への願いをこめるということは、あまりに大量なので無理であろう。

 イアンとカートが収穫したコーンを生でかじるシーンがあるのだけど、おいしくなさそうなのよね。そのようなおいしくないコーンが、どこに行き、どのように加工され、人々に消費されるのか。彼ら二人と共に、映像によるコーンをめぐる旅により多くの人に出てもらいたい。

キング・コーン〜世界を作る魔法の一粒〜
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 3月のドキュメンタリー研究会の鑑賞映画は、『バオバブの記憶』。

 西アフリカ、セネガルの首都から遠く離れたトゥーバ・トゥール村の人々とバオバブとの関わりを描いたドキュメンタリー。バオバブと共に暮らす彼らにとって、バオバブは暮らしに欠かせない存在だ。

 皮を剥いで編んだらロープに。実は、子どもたちのおやつのジュースに。木の上は、子どもたちの格好の遊び場に。葉は、乾燥させて磨砕して、調味料に。膝か腰の痛みには、バオバブの木の一部(記憶が曖昧でごめんなさい)を患部につけて治療していた。

 私が、バオバブのことを知ったのは、サン・テグジュペリの『星の王子様』だ。映画を観ていて、『星の王子様』の中でバオバブはなんの隠喩だったのか、すごく気になった。上映後、ドキュ研のメンバーにそのことを尋ねたら、『星の王子様』でのバオバブは、ファシズムの象徴だったみたい。バオバブと共に暮らす人々にとっては、かけがえのない存在であるから捉え方が、全く違う。

 映像を観ていて、気になったのは水汲みのバケツを頭にのせて颯爽と歩く若い女性たちの姿勢の良さだ。日本人と鍛え方が違うのかもしれないけど、立ち姿がきれいだと思った。映画館を出て、街行く人々を眺めてみたけど彼女たちのように歩いて美しい人って私を含め、お目にかかったことあったかしら??

 それから、子どもが愛らしかった。予告の映像にも出てきますが、子どもをたらいの中で、タオルに石鹸をつけてガシガシ洗うお母さんの様子とか微笑ましいですもの。子どもも、ガシガシ洗われていて少し痛そうだけど、嬉しそうなのよね。予告には、出てこないけど髪をきれいに結ってもらう女の子シーンも、痛そうだけど嬉しそうだなとか。私も遠い記憶が呼び起こされました。髪結ってもらうの、痛いんだけど嬉しくなかった?(笑)

 普段は、着ないのかもしれないけど、映画の中で女性が着ていた民族衣装も素敵でした。襟ぐりや脇も大きく開いていて、「あ、胸見えた」とか。でも、おおらかでいいよねーとか思いながら映像を観ていました。

バオバブが気になる人は、ぜひ!!


バオバブの記憶
http://baobab.polepoletimes.jp/

映画予告編
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 今年初めてのドキュメンタリー(映画)研究会、鑑賞映画は『シロタ家の20世紀』。部長のY氏がインフルエンザで欠席で、参加者3名のほんとにこぢんまりした会だった。

 今回の映画は、事前に情報を得ることなく、全く白紙の状態で鑑賞した。日本国憲法に「男女平等」を書いたベアテ・シロタ・ゴードンさんの家族を描いた作品だ。

 ベアテさんのことも、今回映画を観るまで知らなかったので、私にとってドキュメンタリー映画は、知らないことを教えてくれる先生のような存在なのだと思う。

 ベテアさんの父レオ・シロタ氏は、長年日本のピアニストを育てた世界的ピアニスト。しかし、第二次世界大戦中に、このユダヤ人家族のたどった運命は・・・。

 ベアテさんが、父であるレオ・シロタ氏のことを語る姿は、誇らしく、そして父への愛情に溢れている。

 昨年岩波ホールで上映されヒットしたというこの映画、鑑賞日が土曜だったにもかかわらず、観客が少なくてなんだか残念だった。

 シロタ家の20世紀

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ベアテ・シロタ・ゴードンさん
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 年明け二本目の鑑賞映画は、『マルタのやさしい刺繍』。

 スイスの小さな村に住む80歳のマルタ。最愛の夫に先立たれ、生きる気力をなくしていた。そんな彼女の忘れていた若かりし頃の夢は、自分でデザインして刺繍をしたランジェリーショップをオープンさせること。

 手仕事が気になるキーワードとしてある私には、ぴったりな映画でした。カンを取り戻すために、作品づくりに熱中するひたむきなマルタの姿は勇気をくれます。そしてその彼女の取り組みが、まわりの友人たちにも、よい影響を与えます。

 この映画に登場する人物は、聖人君子じゃなくて、どっかつっこみどころのある、人間らしい人々です。マルタの息子の牧師にしても、秘密があります。

 美しい景色だけれども保守的な村で、ランジェリーショップなんて破廉恥な、いい年して、などど村人に言われながらも、マルタは・・・。

 この映画のマルタのような、おちゃめなおばあちゃんを私も目指したいなぁと思いました。

マルタのやさしい刺繍
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(C)2006 Buena Vista International (Switzerland)
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 今年初の映画は、『地球が静止する日』。うむむ。このままの生活を人間が続けていくと、地球が静止する日が来るとは思うけど、私はなかなかこの映画に入っていけない感じでした。

 街が破壊される映像は、争いを連想させるし、それがCGだとしても、破壊する映像を撮るために環境に負荷を与えている部分もあるのでは??なんて思いながらみていました。

 うむむ。

地球が静止する日HP

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(C)2008 TWENTIETH CENTURY FOX
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 鴻上尚史さん作・演出の『The Reality Show リアリティ・ショウ』を紀伊國屋ホールで観てきた。

 当日券を求めて窓口に並んでいた時、なんだかなつかしい出来事を思い出した。もう10年以上も前になるけれども、同じ紀伊國屋ホールで鴻上尚史さんの舞台の当日券を求めて観た時のこと。
 
 たまたま隣で観た人も、当日券でその芝居を観た人で、舞台が終わった後その男性に「飲みに行きませんか?」と誘われたのだ。その日私は調理実習の課外授業で、フランス料理をクラスメイトとたらふく頂いた日で、まったくお腹が空いてなかったのだ。今となっては、食べなくても飲みに行っていたら何かが始まっていたのかもしれないのにねぇ(笑)

 前置きが長くなりました。タイトルの『リアリティ・ショウ』とは、鴻上さんの「ごあいさつ(手書きで会場で渡される)」によると、素人さんが出演するドキュメントのこと。海外だと生き残りをかけた「サバイバー」、日本だとかっての「進め電波少年」などがこれにあたるそうです。

 物語は、売れない劇団の男女8名がとある場所で舞台の初日を迎えるまでの4週間、24時間ネット中継されるというもの。

 当然、いろんなことが起こります。劇団員の背景も物語が展開する中で、少しづつわかってきます。誰が誰を好きなのか、どんな過去があるのか、ネットがどんな存在なのか、ネットで中継された動画のアクセスが増えるのはどんな場面か、などなど。

 うまく言えませんが、この芝居を観て思ったのは、自分の中にある邪悪な部分、監視される社会、それから持って行き場のない愛って辛いなぁ・・・ってことかなぁ。
 
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虚構の劇団 The Reality Show リアリティ・ショウ
紀伊國屋ホールにて、12/20(土)まで
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 鑑賞ユニット、ドキュメンタリー研究会の12月の鑑賞映画は、『いのちの作法 沢内「生命行政」を継ぐ者たち』だった。
 
 昭和30年代の旧沢内村は豪雪地帯で、冬季は交通、産業などが麻痺状態となったそうです。豪雪、貧困、多病多死という三重苦に村民は何も出来ず、死を宿命として諦めて生きていたそうです。その悪循環を断ち切るために立ち上がったのが、第18代村長の深沢晟雄氏です。

「住民の生命を守るために、私は自分の生命をかけよう」

 深沢村長は村民の生命を守るために、村ぐるみの努力をしたそうです。冬季交通、医師や保健婦の確保。患者のカルテを集落ごとにまとめ、全ての村民の健康を把握するという保健医療の仕組も築き上げました。また、当時の日本で初めて乳児死亡率ゼロを達成したそうです。真正面から生命を見つめることによって築き上げられたのが、生命を大切にするという「生命尊重の理念」です。

 深沢村長は2期目を終えようという昭和40年、病に倒れそのまま帰らぬ人となりました。しかし、その精神は現在も沢内の人々に受け継がれている様子が映像にも現れています。

 実家のある秋田に年末に帰省した際、盛岡で友人と会った帰り、秋田と岩手との県境にある仙岩トンネルが雪崩で不通になったことがありました。迂回して沢内地区を車で通りましたが、きちんと除雪されていて無事家に帰ることが出来ました。そんな経験からも、なんだか沢内っていいところそうだなぁとは思っていました。

 記録映画なので坦々としていますが、ふるさとに誇りを持つ人々の姿が多くみられるドキュメンタリーです。

 地元の方々の話す方言が、字幕なしに理解できたことも個人的にはツボでした(笑)
 
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いのちの作法 沢内「生命行政」を継ぐ者たち
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